石井俊一の しーはいる!!

第12回 校長室からこんにちは!石井俊一です。10月29日

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パノラマスノーアカデミーのこの時期の一大イベント、キャンプ・日帰りドックの予約受付〜抽選も無事に終わりました。申し込まれた方々も、抽選漏れしてがっかりしたり、当選して安堵したりの一日が昨日で終了。未だ空いてるレッスン、沢山あるので是非活用してください。今日は、スキーウェアの話。少し前にスキー用具の話もしました。私が技術選手権(45年前に初出場した時は、デモンストレーター選考会。通称デモ選)に出ていたころは、大会ウェアーはBOYAのセーターとスキーパンツ(死語1)、頭にはBOYAのイカ帽(死語2)でした。スキーパンツはその後、デモパン(死語3)と呼ばれる形に変化しましたが。最近は温暖化で、冬でも一部の地域を除いてはそれほど寒くなくなりました。45年前の北海道の冬は、当たり前のように死ぬほど寒かった。セーターの上に羽織るジャケットはありましたが、スキーパンツの上に着てブーツを履いたまま脱げるような、機能的なオーバーパンツ等はありませんでした。大会では、スタートの辺りにジャケットを脱いで、セーターとパンツにゼッケンをつけて滑る。滑り終わると、リフトに乗ってジャケットを取りに登る。因みに、リフトはシングルリフトの超遅いやつ。北海道の地区予選は、上砂川という旭川に近い内陸のローカルなスキー場で行われ、一番寒かった時の気温は確か、マイナス28℃でした。車も寒過ぎてエンジンがかかりません。そんな寒さの中、セーターとスキーパンツで滑って、遅いリフトに乗る。その寒さ、想像できますか?さらにさらに、当時は未だ圧雪車が普及していなかったので、山全体がコブコブコブでした。完全に冷え切った身体で、コブコブのバーンをスピード出して滑らなければならなかった。柔らかく身体を使おうにも、骨の髄から脳みそまで凍り付いていましたので、想像つくでしょう?良く滑ってたなぁ。本当に辛抱強かったなぁ、昔の人。宿に戻ってお風呂に浸かると、凍った身体がお湯に解けて、ジュっと音がしました。冗談です。でも、それくらい寒かったのです。その後時代も変わって、上下綿が入った、機能的な温かいスキーウェア―を着て大会に出るのが当たり前になりました。技術選で最初に、現代の様なスキーウェアーを着て出場したのは誰かご存知ですか?SKI NOWの元デモ斉木隆君です。ファッションリーダーでした。私たちが、何時かはクラウンだよねと言ってた時に、斉木君は既にベンツに乗ってました。初めて斉木君のスキーウェアーを大会で目にした時は、さすがにシルエットも違い、とても違和感がありましたし、ジャッジの評価がすごく気になりました。新しい時代を切り開きましたね、勇気ある先駆者です。スキーも上手かったし、お洒落で、華やかでした。輝いてましたので評価も自然についていきました。今も時々会うことがありますが、相変わらずお洒落です。スキーは、お洒落を楽しむ事も魅力の一つです。楽しみかた色々です。気に入ったウェアーに身を包んで、颯爽と滑れば、モチベーションも上がりまくります。スキーの楽しみ方も多様化して、バックカントリ―スキー、フリースタイルスキーを楽しむ方も沢山いらっしゃいます。そのスキースタイルに見合うファッションがあり、とても個性的で着こなしが上手なスキーヤーを目にします。高価なものが多いですが、貯金をしてやっと手にする楽しみ、良いですね。お気に入りを探すのも楽しみです。Schi Heil

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